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COLUMN

コラム

2018.07.05

♯インタビュー

ブランド品を「買うもの」から「借りるもの」へ変えてしまった男

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民泊に代表される「シェアリング・エコノミー」の波は、スペース、モノ、スキルなど様々な分野ですっかり私達の生活に浸透しつつある。

今回話を聞いたのは、ラクサス・テクノロジーズ株式会社(東京都港区)社長の児玉昇司さん。提供しているシェアサービスは、なんと「高級ブランドバッグ」だ。

月額6,800円でブランドバッグが借り放題

 ──ブランドバッグのレンタルとは、ありそうでなかった発想ですよね。

月額6,800円でブランドバッグが借り放題というビジネスです。「ラクサス」はアプリでサービス提供しており、ブランドバッグ2万8,000点(2018年6月19日時点)の写真から、自分の好みに合った商品を選ぶことができます。

 ──借りるだけではなく、自分が持っているブランドバッグを貸し出せるサービスもあるとか。

所有しているブランドバッグをレンタル品として出品する「ラクサスX」というサービスがあります。中には、一人で60点以上も出品している人もいて、多い人だと月7万5,000円ほどの副収入を得ています。「ラクサスX」自体の会員数は、1万1,000人(2018年6月時点)、サービス全体の会員数は、25万人(2018年7月4日時点)です。

 ──利用者は、どのような年齢層の方が多いですか?また、利用するシーンは、入学式とか卒業式など単発のニーズが多いのですか。

「ラクサス」は20〜60代と幅広く、「ラクサスX」は40〜50代の方がメインです。利用シーンは、通勤などに使っている人が多いです。私たちとしても、日常で使ってもらいたいと願っています。というのも、ブランド品を、手軽に、気軽に使ってもらい、ファッションをフリーにしたいという思いから事業をスタートしているからです。自分で購入した30万〜40万円のバッグは、雨が降ると使いにくいでしょう。当社の場合、日常生活でできてしまう傷などは完璧にメンテナンスする体制がありますから、どんどん使っていただけるのです。

 ──メンテナンスは、どのような体制で行っているのですか。

広島オフィスに専門部署を立ち上げ、37人の社員が従事しています。縫製や色など細かく補修やメンテナンスを行っています。出品者のバッグは、ちょっと傷が入っていることが多いため、預けてもらえれば、レンタルされる、されない、関係なく、全てメンテナンスしています。ですから、出品するときれいになるというメリットもあるのです。

 ──女性向けのサービスを提供しているわけですから、社員は女性が多いのですか。

もともとは、広島で男性3人で立ち上げた会社でして、当初は男性の比率が多かったです。最近ようやく女性が増え、6割くらいになりました。今後は、女性幹部を増やしたいです。

ラクサス夜明け前

 ──2006年の設立以前は、どのような仕事をしていたのですか。

もともと私は、広島大学医学部を目指していましたが、挫折して早稲田大学の理工学部応用化学科に入学しました。そのため、入学当初から劣等感の塊でした。起業した理由の一つは、この劣等感です。しかし、何よりも大きいのは、Windows95の出現だと思います。

私が大学に入学した1995年は、オウム真理教の事件や阪神淡路大震災など、世の中が混沌としていた時代でした。そんな時、Windows95が発売され、何か変わるなと確信し、入学から半年後の9月には、学校を辞めて会社を始めました。最初に始めたのは、家庭教師と生徒をマッチングさせるビジネスです。95年の9月〜10月頃でした。

──当時、世の中にマッチングサイトはあったのですか。

私が知る限りはなかったです。そもそも日本では、誰もインターネットを使っていない時代で、当時、存在したのはNASAのサイトや学術的な論文ばかりが載っているサイトだけでした。その中で、早稲田大学生の家庭教師派遣を行うサイトを作ったのですが、結果は大失敗。

2社目に立ち上げた会社は、中古車を売りたい人、買いたい人をマッチングするサイトでした。今でいうカーセンサーのようなビジネスモデルです。起業した翌年96年は、ちょうどアメリカで中古車販売する「オートバイテル」という会社ができた年でしたが、こちらも日本では時代が早すぎたようで、うまくいきませんでした。

3社目が広告代理店です。紙媒体で成果報酬型の広告提案をしていました。この事業は軌道に乗り、今で言うコールセンターや発送業務などアウトソーシングの業務まで受注するようになりました。10年くらい経営し、27歳で会社を売却しました。そしてすぐ、4社目になる今の会社を立ち上げました。

 ──そもそも男性である児玉社長が女性向けのブランドバッグをシェアするというビジネスを考えついたきっかけは何だったのですか。

きっかけは、妻です。創業時、苦労をかけたこともあって経済的に余裕ができるようになると、事あるごとに妻にブランドバッグの新作をプレゼントしていました。しかし、ある日その妻が不思議なことを言ったのです。「持っていくバッグがない」と。毎週のようにプレゼントしているのだからそんなはずはない。実際にクローゼットにはたくさんありましたから。しかし、この一言で私は2つのことに気づきました。1つは、ブランド愛用者は、基本的にブランドだったら何でも好きということ。もう1つは、女性は常に新しいものを使いたいということです。女性は男性とは、まったく異なる発想をするのだと知りました。

アメリカから学んだシェアの考え方

 ──そこに“シェア”という考えを取り入れたのは、なぜですか。

設立した2006年は、シェアリングという言葉がまだなかった時代でした。一方、アメリカでは、洋服などを貸し借りする文化がもともと成り立っていました。しかし、日本だと難しい。なぜなら、目の前にZARAやユニクロなど安く手に入る場所があるからです。アメリカにも価格が手頃なお店はありますが、ゲットするために200キロぐらい先のスーパーマーケットまで車で出かけなければいけません。移動のコストを考えると、その手頃な価格の服を購入するのが妥当かどうか、と考えてしまいます。だから、必然的にジャケットなどは借りているのだろうと考えました。日本の市場に置き換えた時、服に変わる、一番いいものは“ブランドバッグ”だと考えました。

 ──なぜバッグだと思ったのでしょう。

実のところ、立ち上げ当初は、洋服で考えていました。資金を集めるために、ベンチャーキャピタルに「シェアをやります。洋服です」と言って、計画書を持って営業をしていましたから。しかし、方向転換しました。一番の理由は、クリーニング代です。大量の衣類を扱うので当たり前のことなのですが、これで収支が合わなかったのです。笑い話なのですが、クリーニング代が捻出できないなら根性論で解決しようとしていました。私も含む社員で全部洗濯し、アイロンがけするという方法まで考えました。実際に、洗濯機を買ったくらいです。しかし、立ち止まって考えると、あまりにも再現性がないし、社員が疲弊してしまうと気づきました。

 ──事業として継続していくのは難しいと判断したということですね。

当初、持って回っていた計画書も途中で変更し、気に入ったら買ってもらう“買い取り型”も考えていました。しかし、考えれば考えるほど、完全にブレていくのを感じたのでこのビジネスモデルは、うちではできないという結果になり、それに気付いた時点で、服は全部捨てました。

 ──シェアリングがビジネスとして成り立つと考えたのはなぜですか。

物を使う時、今までの選択肢は「買う」しかなかった。しかし、シェアリングエコノミーで「借りる」という選択肢が増えました。結果、「選択肢を増やすこと」や「高いものを安くする」とイノベーションが起こりました。私はそこにビジネスチャンスがあると考えました。

例えば、「電話」がいい例です。通信を取り巻く環境は、大きく変化しました。変わったことは、携帯電話本体や通話料、通信料が安くなったことです。値段を安くしただけなのに、一気にパラダイムシフトが起きました。価値観が変化したのです。ゲームのルール、ちょっと大げさだけど、もともとあった社会のルールを変えたのです。ラクサスもゲーム戦略なんです。高いものであっても「買わなくても使える」というルールに変えたのです。

 ──ところで、海外で生活していた経験はありますか。

旅行で行ったしかことがないんです。ただ、今や情報はパソコン1つで収集できます。私がインターネット業界で仕事を始めた1995年頃の黎明期は、インターネット上には日本の情報はありませんでした。だから、調べてたどり着くサイトは、全てアメリカの情報が中心なんです。その時代の名残りで、今もアメリカの情報が集まってきています。海外で成功してる企業やベンチャー、気になった会社もチェックしていています。車選びの総合サイト「オートバイテル」などに目をつけたのもインターネットで情報収集している時でした。

 ──地方出身ながら六本木ヒルズに事務所を構えています。何か狙いがあったのですか。

東京に進出する際、東京支社長の馬場添が「六本木ヒルズに入りたい!」と言ったからです。次の日からその馬場のiPhoneの待ち受け画面が六本木ヒルズに変わりました。今から6〜7年前だと思います。その希望に応えようと思って、私は借りることを決意しました。実際のところ、入居に際しては審査がとても大変でした……。OKをいただくまで半年以上かかりましたが、無事に2014年5月29日、六本木ヒルズにオフィスを構えることができました。社員ももちろんですが、私自身のモチベーションも上がりましたね。出勤するだけで気分は盛り上がります。

海外への野望

 ──ラクサスとしては、海外展開も視野に入れているのですか。海外でのビジネスモデルはどのように考えていますか。

海外でのビジネスモデルもこのままでいいと思っています。海外のほうが躊躇なく受け入れてもらえるでしょう。先ほどもお話ししたように、もともと「借りる」という文化がありますから。2年前にニューヨークでプレゼンをしたのですが、アメリカ人は理解が早かったです。1年後にテストマーケティングを行ったら日本の3倍以上の予約が取れました。価格は、日本の6,800円ではなく、1万円でテストしました。地域に合わせて金額は設定していく予定です。

 ──強気な設定ですね。勝算は。

もちろん、あります。マンハッタンは、面積が狭く日本の山手線の内側ほどしかありません。そこに平均年収が3,000万円の人々が住んでいます。さらに東京と違うのは、夜間人口が昼間とほぼ一緒だという点。狭い土地に高収入の人々が大勢いて、部屋の収納スペースは限られています。いろんなバックをレンタルで使えて、収納スペースがいらないのは、“うってつけ”なのです。

 ──お金があるのだから所有欲も強そうですが。

日本の投資家はそう言います。しかし、実際そうでもないのではと私は思うのです。実際、シェリングサービスが日本に浸透しているのがそれを物語っています。かつて、カーシェアリングは、男性には「車を持ちたい」という願望があるので難しいと言われてきました。しかし、最近ではカーシェアリングも受け入れられてきています。

 ──最後に不動産業界でも女性に優しい賃貸住宅や女性専用マンションなど近年注目されています。

女性が賢くオシャレに毎日を楽しむことをサポートをしている企業が増えるのは素晴らしいこと。業界問わず連携していきたいと考えています。

(取材日:2018年5月25日)
(Hello News編集部 山口晶子)

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