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COLUMN

コラム

2018.08.02

♯インタビュー

27年前の日本で、すでにシェアリングエコノミー事業を始めていた男の話

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「今思えば、オヤジがやったことは、シェアリングエコノミーだったのではないかと思います」

こう語るのは、茨城県神栖市にある泉ハウジングのミスタービジネス・セプト事業本部取締役、今泉竜さん(41)だ。

泉ハウジングの創業者であり、今泉さんの父でもある故・今泉正勝さんが、日本で初めて家具付きの短期契約賃貸住宅“マンスリーマンション”事業を始めたのは27年前。この正勝さんこそ、日本で初めて「マンスリーマンション」という言葉を作った男といわれる。

今でこそ、スペースやモノを他者と共有するという概念“シェアリングエコノミー”は、ビジネスとして成立している。しかし、当時、部屋や家具・家電を時間貸しして他人と共有するマンスリーマンション事業は、まったく新しいビジネス形態として世に生み出された。

マンスリーマンションのからくり

正勝さんがマンスリーマンション事業を始めた時、次男の今泉竜さんはその背中を見ていた。本社がある茨城県神栖市は、重化学コンビナートの街として発展し、次々に大企業の工場が新設・拡張していったのを幼心に記憶している。

「当時、この周辺では賃貸アパートを契約してから4カ月ほどで引っ越ししてしまう人たちが大勢いました。しかも家具や家電を残して。これは普通ではないなと思い、父がその理由を引っ越していった人たちに聞いて回ったところ、短期契約で工場で働いているため、最初から4カ月の予定で部屋を借りていたんだ、というのです」

続けて、「ホテルに泊まると1日6,000円×30日で18万円かかります。それなら賃貸アパートを1ヶ月4万円で借りて、家具や家電を新しく買った方が安く済むからそうしているんです、と言われたそうです」。正勝さんは、ここに商機を見い出した。そして空き部屋を月極で貸すことを考案したのだ。

通常4万円で賃貸している物件に、家具や家電を取り付けて貸す。仮に10万円で貸したとすれば、相場より2.5倍も高い家賃となる。しかし、ホテルを利用すれば月に18万円かかる。つまり、マンスリーマンションであれば、ひと月あたり8万円も安く入居できるのである。仕組み自体は単純そのもの。しかし、そういう貸し方がなかったため、法人入居者にとても喜ばれ、次々に借り手が付いたという。

しかも驚くべきは利益面である。単純に10万円引く4万円で、ひと部屋あたり月々6万円が泉ハウジングの利益になるだけではない。今まで、賃貸管理料は4万円の5%、2,000円だったものが、6万円になるということは賃貸管理料が3,000円となり、収益・利益率ともにアップするということになる。さらにマンスリーマンションは空室を利用するため、空室対策となってオーナーの資産を守ることもでき、まさに一石三鳥のビジネスになったのだ。

契約形態はというと、通常の賃貸アパートなどと同じ賃貸借契約で行った。光熱費は公共料金という名目で、月1万8,000円を徴収し、保証金として3万円を預かった。現在は、期間を限定して契約する定期借家契約を行い、月ごとに部屋の契約をしているが、当時はまだこの契約形態が存在していなかったため、賃貸借契約の形を取ったという。

全国に向けてFC展開を開始

1994年、地元だけで行っていたマンスリー事業を、全国に展開していく転機が訪れる。ある日、業界新聞の全国賃貸住宅新聞社の記者が飛び込みで同社を訪れた。その際、150室しか管理をしていなかったにも関わらず、高利益の決算書を見て「うそだー」と叫んだ。

この時の出会いが、全国でFCを展開するきっかけとなった。というのも、この記者が同新聞社の社主で経済評論家の亀岡大郎さんに、マンスリーマンションの仕組みを紹介し、正勝さんとの対談が実現。事業の仕組みを知った亀岡さんが、正勝さんに「すぐさま全国展開せい!」とハッパをかけ、その場でFC展開が決まったのである。

正勝さんは妻、直美さんとバンに乗り込み、3カ月かけて全国をまわった。マンスリーマンション事業の仕組みを説き、賛同してくれた不動産会社70社を集めて、1994年11月、新橋の第一ホテルで決起集会を開催。最初の1歩をスタートさせたのである。

マンスリーマンションのブランド名は、「ミスタービジネス」とし、忙しく飛び回るビジネスマンや出張族の力強い味方となっていくことを誓い合った。

しかし早速、問題が勃発した。マンスリー契約を売りにしていたため、入居者は主に短期間で引っ越しを余儀なくされる転勤族である。そのため、正勝さんは、FC展開が開始した翌年の1995年に、ゴールドシールというポイントカードシステムを作った。このシステムは、退去後に再度、同社のマンスリーマンションに入居するとポイントが溜まっていき、溜まったポイントで商品と交換できるというものだ。しかし、ポイントを偽装する人がいたり、ポイントの付け忘れがあったりしたことで、クレームが続出。対応に追われたとのことである。

他にも事業当初には、マンスリーマンションの契約には保証人を必要としなかったことがトラブルの種になったこともあった。この時代は、悪質な訪問販売により、高値で商品を買わされる詐欺が横行していた。そのため、マンスリーマンションが悪質な訪問販売会社のアジトになり、犯罪を助長するのではないか、と言う者もいた。しかし正勝さんは、こうした批判に屈することなく、マンスリーマンションの普及に全身全霊をささげた。

「新住文化」の遺伝子

正勝さんの強烈なリーダーシップの元、全国の加盟店とは家族のような関係を築きながら、ミスタービジネス事業本部はエリアを拡大。加盟店も年々増えていった。息子の今泉さんが同社に入社したのは、2002年のこと。すぐにマンスリーマンション事業の営業部に配属され、加盟店の募集を任された。正勝さんは息子だからと言って容赦することなく、「契約を取ってくるまで家に帰ってくるな」と言い放ち、今泉さんは半年間、家に帰れなかったこともあったという。

そんな努力と加盟店の力が混ざり合い、マンスリーマンションは1万室を数えるまでになった。出張の時には必ず利用するというリピーターも増え、「ミスタービジネス」は短期貸しの代名詞となっていった。2015年、正勝さんは社長を長男の政直さんに譲りその約1年後の2016年3月7日、静かに息を引き取った。「元祖・マンスリーマンション」、享年70歳だった。

これからのマンスリーマンション

現在、マンスリーマンション事業の責任者である今泉さんは、父への想いを胸に、仕事に勤しんでいるが、実はこの数年、行き場のない悔しさで何度も地団太を踏んでいる。理由は、突如アメリカからやってきたAirbnbの存在。海外旅行客を増やしたいと考える日本のインバウンド政策の波に乗り、民泊ポータルのAirbnbは、あっという間に国内の“家具付き短期貸し”という土壌を席巻してしまった。

「俺たちが27年もかけて築き上げてきた事業を、たった2~3年でやっちまった……」。今泉さんはそう言い、うなだれた。

マンスリーマンション事業は、全国FC展開を経て、ようやく1万室を顧客に提供できるようになった。それに対してAirbnbは、日本に進出してわずか3年で5万1000件(2017年5月時点)に達した。民泊新法の施行を受け、2万2000件(2018年6月時点)まで落ち込んだが、それでも旅行者にとって、ホテルよりも安く泊まれるAirbnbの名称は、「ミスタービジネス」よりはるかに浸透している。

民泊に代表されるシェアリングエコノミー事業が日本に根付きだし、新しい暮らし方が増えてきている。しかし、27年前にシェアリングエコノミーをやった男がいた。生前、正勝さんはマンスリーマンション事業を「新住文化」と表現した。「新住文化」のDNAを受け継ごうともがく今泉さんは、毎年「新住文化カンファレンス」を主催する。父のように新しい住文化を生み出したい、その一心で前に進もうとしている。

(Hello News編集部 鈴木規文)

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