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COLUMN

コラム

2019.04.18

♯連載

【第2話】27歳、「あいうえお」も知らずに日本にやって来たワタシの行動の記録

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中国中南部に生まれ、高校時代から中国北京で一人暮らし。10年ほど学校生活、絵画、旅行、犬との自由な生活を送った。27歳になるまでは、留学することは全く考えてなかったが、27歳の時、日本への旅行計画をきっかけに、日本留学を決意。これは、それから今までの私の行動の記録である。

中国中南部出生,高中时代开始了独自一人的北京的求学生活。在北京的时间里,学习,绘画,旅行…和爱犬度过了十几年自由而愉快的生活。27岁前从未考虑过留学,日本旅行计划里,因准备了繁琐的旅行签证却旅行时限太短,想就此多呆一阵,从而决定27岁时留学日本。

中國大陸中南部出生,高中時代開始了獨自一人的北京求學生活。在北京的時間裡,學習,繪畫,旅行…和愛犬度過了十幾年自由而愉快的生活。27歲之前從未考慮過留學,日本旅行計畫裡,因準備了繁瑣的旅遊簽證但旅遊時間限制問題,想就此多呆一陣,從而順勢決定27歲時留學日本。

知らなかった日本の日常

日本語学校に入学して2ヶ月経った頃、私は久しぶりの学生生活を毎日、楽しんでいた。

一日終わり、部屋に戻って、ベランダから夕日を眺めることが大好きだった。

お風呂のあと、自分の小さな部屋に戻ると、何をしていてもリラックスできて気持ちいい。天気がだんだん寒くなてきた秋の夜、意味がわからない日本のビデオを見るのは、あの時の私にとって一番の楽しみごとだった。笑。

部屋に電気がいらないほど、空に月と星が照り輝き、何処からか風が吹くと、新しい物にいい匂いが薫る。たまに時間を知らせるチャイムの音。ゆっくり布団に入って、明日への期待がいっぱい。

手紙の束にとまどう

日本に住み始めてから、郵便ポストをきちんと見るようになった。

一週間見ないと色んな手紙がポストに届いた。その中に、国民健康保険、銀行、区役所、携帯、インターネット、電気水道ガスなど、そんな大量な手紙が届くのは人生初だった。

料金の知らせはもちろん、住む場所の案内や挨拶のような手紙も少なくない。日本の優しさを感じたが、当時日本語が全然読めなかった私は、正直少し緊張を感じた。

昔、中国にいた時もよく手紙を書いたが、今の時代では、社会情報や法律に関わらないことを知らせる時、手紙の代わりに、メールや、ショットメッセージで送信することが多かった。もし手紙が届いたら、クレジットカードの滞納や裁判所、法律相関文書などの重大事件が多いという印象だった。

天気がいい週末の午後、洗濯物を干した後に、少し昼寝をしようと考えていたら、急に周辺勤務の警察官が部屋に来た。引越ししたばかりだから、この部屋に以前何かあったのかと不安になった。少し英語で挨拶をし、部屋に来た理由を聞いた。私の質問に、警察官は厳粛な表情で何も答えることなく(答えたかもしれないけど、言語がわからない)、完全な日本語で話していた。

お互いに会話の内容がわからないまま、数分間後、警察官はやっと帰った。来日前に見た、留学生達のSNSやガイドなどには、誰もそういう事情を書いていなかったから、警察が来た理由がわからなかった。この部屋は大丈夫なのかと心配になり、結局、昼寝ができなかった。

私は初めて日本人の友達と遠足する日を楽しみにしていた。前日、食品や服装など、荷物をきちんと準備し、電車で2時間半ぐらいのところに出かけた。みんなと朝ごはんを食べながら、いろんな話をした。帰りに、お菓子や飲み物のゴミを捨てようと思ったら、近くにゴミ箱がなかった。日本のゴミ分別が厳しいのは聞いていたが、外にゴミ箱がほとんどないことにはびっくりした。

外出するとき、ゴミ箱の代わりにレジ袋を持ってくる必要があることが分かった。あの日、自分のゴミは、友達のゴミ袋に捨てることになった。家庭ゴミの分別は住む区によって違うので、捨てる曜日と時間を間違えると、ゴミを一週間部屋に置くのが恐ろしいことだ。

来日から3ヶ月ぐらいで、日本は真冬になった。東京の気温は北京より少し高いけれど、湿度も高いので、日本は寒さの感じが強い。外食に行くとき、店員さんは温かいおしぼりと冷たい水を出してくる。でも水には氷が入っているので、冷たすぎて全然飲めなかった。

買いに行っても、常温の水を探すのが難しい。中国人としての考えだと、冬に身体を暖めるためには湯を飲む方が良い。だけど、日本人に聞いたら「お湯は味がない」「お湯がマズイ」「冷たい水がおいしい」「お湯を飲めない」などの意見が出て、アジアの一国として日本には、水に対する文化がヨーロッパに近いであろうと驚いた。

日本の気候環境

早春の桜、夏日の花火、晩秋の紅葉、冬の梅…日本の春夏秋冬はとっても美しいイメージだった。実際に住み始めても、景色は思った通り美しかった。

しかし、日本と中国の自然と気候の違いは、私を困らせた。

地震は中国にないわけではないけれども、正直、私は初めて地震を実感したのは日本に来てからだ。日本のビルの構造は中国と違い、木や紙を使用するものが多いと聞いた。近年は、日本の建物は地震に強い一方、建物の材料によって、揺れ感、音などもするので、地震を感じやすいのかも知れない。

地震の経験がほとんどなかった私は、小さい地震にも敏感である。日本の地震の頻繁さに驚きながら、いつも地震の発生に注意すべきだと分かった。時間が経って、小さな地震には慣れたと思うが、地震は珍しくない。携帯に地震の通報機能が鳴っても、防災訓練や災害対策はほぼわからないので、地震があった途端、逃げるか逃げないかを判断できず、どんなタイミングでどうやって逃げれば良いかを、日本に住む外国人は勉強しなくてはと思った。

私は中国の中南部に生まれ、幼い時から北京で生活していたので、夏に台風や梅雨の大変さがよくわからなかった。最初、部屋を借りる時、不動産屋さんから「2階以上ですか」、「南向きがよろしかったですか」などの細かい条件を聞いたが、梅雨はその原因の一つだとわかった。

東京の夏には、梅雨の時期がある。部屋をよく乾燥させなければ、菌が増えたり、洗濯物が乾かなかったりするのが大変らしい。そういうことを防止するため、なるべく上層で日当たりがいい部屋にしたほうが良さそうだ。そして梅雨が終わり、真夏日になって、台風の日も多くなると、暑くて夜は眠れなく、ガラスが割れそうな音がする。一番大変なのは、ベランダに干している洗濯物だ。台風後はほとんど飛んでいってしまうので、洗濯物を探しに行くのも日本で初めての経験だ。

留学の決心は変わっていない。日本での新生活の準備に色々あったからこそ、同じアジア国としても大きな違いがあることを実感した。生活の大変さは想像より大きかったが、言語の重要性はもちろん、文化の違い、ものに対する態度、事情に対する行動が違いは大きい。

何年も中国で生活を送っていた私にとって、当たり前だと思うことは、日本だとあり得ないかもしれない。日本にあるものに対し、私はとっても理解しにくく、やり辛かった。「時間」や「習慣」という言葉の重さを感じたが、来日して半年ぐらいは様々なことに急いではいけないんだと思った。そして自分はどうすれば、ここでうまく行けるのかを考え始めた。

(ライター Aimee Li)

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