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2019.12.26

♯インタビュー

<後編>「5万人の不動産営業マンが集まれば業界を変えることもできる」トリビュート田中社長インタビュー

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「550人の社員を3カ月で50人にしろ」

田中稔眞さん(現:株式会社トリビュート・代表取締役)が勤めていた会社にもリーマンショックの影響が直撃した。1000年に一度とも言われた金融危機を乗り切るため、西日本事業部の責任者だった田中さんには人員整理が課せられ、リストラ対象者の肩を叩く役目を負った。

「どうしてこんなことになってしまったんだろう」。田中さんは鹿児島、熊本、沖縄、大分、長崎と支社を周り、一人ずつリストラを通達していく。対象者の中には、田中さんが面接をして入社した社員の顔もあった。

全員にリストラ通達を終えた後、田中さんは6年間働いた不動産売買会社を辞職した。27歳だった。

前編では、不動産営業マン同士のマッチングアプリ「TRG(トラジ)」を開発した田中稔眞さんが、不動産業界で働こうと思ったきっかけを紹介した。後編では、苦境を迎えた田中さんが起業に至る経緯と、田中さんが思い描く不動産業界の未来について紹介する。

●前編はこちら⇒<前編>「5万人の不動産営業マンが集まれば業界を変えることもできる」トリビュート田中社長インタビュー

まずは大家業からスタート

 ──会社を辞めた後、どのようにして起業に至るのでしょうか?

リーマンショックが起こるちょうど半年前に結婚したばかりでしたので、なんとかしてお金を稼がないとと、かなり焦っていました。すぐに他の不動産売買会社に転職しようとも考えたのですが、業界全体が大不況に見舞われていたため、その希望は叶わず…。

それで、妻と住んでいた木造2階建てアパートの1室を事務所にして起業することにしました。子どもはまだいませんでした。2009年で、私が27歳の時です。

 ──2009年といえば、家賃保証会社で初めて上場した株式会社リプラスが倒産し、業界全体が暗いムードに包まれていた頃ですよね。そんな中で、どんな事業を始めたのでしょうか。

正直、最初は何をしたらよいのか全く分かりませんでした。ですから、まずは会社っぽいことをやろうと妻に相談し、机と椅子を買ってきて、部屋に置くことから始めました(笑)。

ただ、それだけで仕事が舞い込んでくるほど甘くはありません。何でもいいから何かしないとと悩んでいたところに、知人から「自分が持っているアパートを買わないか」と持ち掛けられ、思い切って購入することにしたんです。

 ──アパートを買えるほどの資金を持っていたのでしょうか?

前職では、結構稼がせていただいていたので(笑)。それで、現金一括で長崎にある4棟40室のアパートを買ったんです。人より猫の方が多く住んでいるんじゃないかというくらいボロボロのアパートでしたが、それでも現金で買っているので、月40万円くらいは家賃収入が入りました。「これで当面は死ぬことはないね」と妻と話したことを覚えています。

 ──そこからどんなステップで次に行ったのでしょうか?

大家業だけをやっていると、びっくりするくらい暇になってしまい、このままでは人として駄目になると思いました。とりあえず何でもいいから事業を増やそうと考え、人を雇うことにしたんです。何人かに声をかけましたところ、その中の1人がたまたま宅建免許を持っていたので、これは運命だと感じ、彼を雇って本格的に不動産事業を始めるようになりました。

その後は、これまでの経験を活かして、福岡市内の安い土地や物件を仕入れて売る、という転売業をメインに事業を進めました。コツコツ地道にやっていると、だんだんと買える物件も大きくなり、売り上げも徐々に増えていきました。社員を増やしながら、不動産賃貸業や管理業、仲介業など事業を拡大していきました。

思い切って市場の大きい東京へ行こうと決めたのは4年前です。それから2年後に「トラジ」の開発をスタートさせ、今に至るという形です。

 

社名に込めた思いは“感謝の気持ちを忘れない”。

リストラ通達の役目を負った時、辞職を決めた時、起業しようと誓った時、田中さんは常々「感謝」という言葉に秘められたパワーを感じていたという。そこで、辞書を片手に“感謝”を意味する英単語を探したところ、「Tribute」を発見。「奉仕する」という意味合いも含まれていることから「トリビュート」という響きが気に入り、そのまま社名としたそうだ。

正しい情報の共有化を目指して

 ──この冊子は御社で発行されているのでしょうか?

はい。物件情報だけを掲載している紙の冊子を3カ月に1回発行しています。この冊子を営業資料として活用し、売買契約が成約すれば当社が手数料として販売価格の3%をいただく形になります。

掲載している物件は、当社が実際に会って商談した売主の物件だけなので、嘘の情報は一切書かれていません。買主に自信を持って紹介できる物件だけが載っています。「トラジ」についても言えることですが、当社が関わる物件情報については、情報の正確さを何よりも大事にしたいと考えているので、こういう形をとりました。

 ──この冊子を発行するのにいくらくらいかけているのでしょうか?

300万円です。この冊子を3000社に無料配布しています。

 ──それなら紙でなくインターネットを使った方が安く済むと思うのですが…

もちろん将来的にはインターネットに移行したいと考えています。ただし、Web化は正しい情報を共有化する方法が分かってからです。

現時点で、正確な情報を伝えようとするならば、第三者が介入しないクローズドな環境、つまり紙で配るというやり方が最善だと考えました。加えて、不動産業界はまだ紙の文化が強いですからね。いきなりインターネットでやってしまうと、誰もサイトを見てくれなくなる可能性もあると考えました。

不動産売買の現場では、なぜか売買の会社同士で疑心暗鬼になってしまい、情報の受け渡しが上手くできず、間違った情報でやり取りされてしまうケースが多いです。また、不正な取引を持ち掛けるような、行儀が悪い会社もあると聞きます。

当社は、正確な情報だけが発信される世の中にしたいと考えているので、まずは自分たちからできることから始めようと考えた時、思いついたのがこの冊子だったのです。

 ──こうした点について、売主はどのように思われているのでしょうか?

売主から「インターネットのポータルサイトには、情報を載せないでくれ」と言われることがあります。ネットは誰でも閲覧できるため、「物件があらゆるサイトに出回ってしまい、売れていない物件というイメージが付くから」というのがその理由だそうです。ただ、普通に考えるとこれはおかしいことだと思います。売るためのポータルサイトなのに、「ネットに載ると売れづらくなるから載せないでくれ」って。

 ──不動産売買の世界では当たり前のことなのでしょうか?

よくあります。多分、インターネットへの載せ方がおかしくなっているんだろうなと思っています。

いい物件は載らずに、売れないような物件ばかりが載っている…。一体、何のためにあるサイトなのか。本当は物件情報の多角化によって、売れるスピード、もしくは買えるスピードが速くなるのがインターネットのメリットのはずなのですが、今はそうなっていない。

 ──原因は何だと思いますか?

人が特定できないからだと思っています。情報を発信する側と受け取る側が、情報を適当に扱ってしまうからではないかなと。だから「トラジ」では、情報を発信する人も受け取る人も特定できるようにして、お互いに顔が見えるようにしました。

 ──その人がどういう人なのかが事前に分かれば、お互いに安心して取引できますね。

相手がどんな動きをしているかは、その人に会って直接話を聞かない限り、お互い分からないですよね。つまり、いい仕事をしても世の中からは評価されづらいんです。逆に考えると、悪いことをしても誰にも気づかれないこともあります。そこでどういうことが起こるかというと、いい仕事をしたいと思っている営業マンは、実際に会いに行ける距離の営業マンとしか安心して取引ができないというわけです。

これから人口が減ってくる中で、その地域だけにしぼって営業していては売り上げが下がってしまい、仕事もうまく進められなくなります。

 ──そこで「トラジ」を利用してもらうというわけですね?

「トラジ」を使えば、住んでいる地域に関係なく、実際に今までやってきたことや得意な領域、顔写真など、様々なユーザーの個人情報を見ることができます。また、チャット機能を使えば普通の営業電話よりはるかに効率が良く、会う前から取引を進めることもできて、大幅にスピードアップするでしょう。

 ──「トラジ」によって交流の幅が広がれば、業界全体にも良い影響を与えそうですね。

営業マン同士の出会いのハードルをもっと低くしたいという思いがあります。

デジタル社会に生まれた今の若い子たちが、電話営業やファックス営業、飛び込み営業、夜の会合での人脈作りなど、アナログな手法を率先してやるとは考えられません。

政府が働き方改革を推進していますが、不動産業界もそうした古い伝統を捨てて、変革しないといけない時期にきているのではないでしょうか。今、労働時間だけがメディアで取り上げられ、縛られるようになっていますが、それだと絶対に生産性が下がっていくはずなんですよね。労働時間を削るだけで、何の代替案もなく生産性を上げろと。何かを変えないと生産性はその分下がるはずなんです。生産性を上げるなら、最初から上がっているはずなんです。そこで何とかしないといけないと思いました。


ある不動産営業マンの一日(資料提供:株式会社トリビュート)

不動産の数は一定数あり続けるのに対し、営業マンの数が減ってしまっては、業界としても良いことではありません。このあたりも「トラジ」で解決できるようになれば良いなと思っています。

 ──不動産業界の健全な発展を願って作られたものが「トラジ」なのですね。ユーザー数が5万人になった時、不動産売買の世界がどう変わっていくか楽しみです。

 

11月に行われたあるイベントで、講師として呼ばれたトリビュートの田中さん。プレゼン資料を用意し、万全の態勢でセミナーに挑んだが、運営側のミスにより聴講者が1人も集まらなかったそうだ。その光景に「一瞬、心が折れた」が、それでも開始時刻になると、誰もいない客席に向かって「トラジ」の説明を始めたという。1日だけならまだしも、2日連続で聴講者がゼロだった時には「思わず笑ってしまった」と話してくれた。

5万人の不動産営業マンに会員登録してもらうには、「トラジ」の注目度はまだまだ低いのかもしれない。しかし、12月にはテレビや大型ビジョンでCMを流し、会員数は500人を超えた。しかも会員はすべて顔の見える不動産営業マンだ。田中さんの目指すビジョンに共感し、賛同する人は確実に増えている。一人きりでプレゼンをやった胆力と根性で、“物件情報”ではなく“人と人との繋がり”が不動産市場を動かすような未来を作り出してほしい。

●前編はこちら⇒<前編>「5万人の不動産営業マンが集まれば業界を変えることもできる」トリビュート田中社長インタビュー

(Hello News編集部 鈴木規文)

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