• facebook
  • twitter
  • line

ARTICLE

記事

2018.06.07

♯賃貸仲介・管理

鍵のかかった食堂現る!?「店子食堂」、本日も営業中!

このエントリーをはてなブックマークに追加

理想の挨拶は「髪切った?」

東郊住宅社(神奈川県相模原市)は、横浜線淵野辺駅を中心に賃貸住宅約1600戸を管理する創業42年の不動産会社だ。

一見、どこにでもある街の不動産会社だが、2代目の池田峰社長が一風変わった取り組み始めたのは、2015年12月。淵野辺駅から徒歩2分のビルの1階で、食堂を始めたのだ。その名も「トーコーキッチン」。

利用できるのは、管理物件の入居者約3000人と約200人のオーナーのみ(一部取引会社も可能)。店の扉には、鍵がかかっており、入居者が普段使用している自宅のカードキーを使って開錠する。このカードキーがなければ入ることはできないが、逆にキーさえあれば、何人でも何度でも来店できるそう。店内にいる人たちが知らないもの同士でも、 辿っていくとカードキーを持っている人、つまり 東郊住宅社でつながっていることになる。これぞ「店子食堂」と言わずしてなんという!

「私は、このゆるいつながりを“リアルSNS”と言っています」と朗らかな笑顔で語るのが、前述の食堂の発案者だ。

 

トーコーキッチンでは、何よりも大事にしているのは、コミュニケーションだ。だから、池田社長が考える理想の挨拶は、「髪切った?」

髪型を変えたらすぐに気付くくらいのよく使ってもらうことと、心の距離が近いことを目標にしている。そのためにいくつか工夫をしている。注文の仕組みがその一つで、あえて券売機はおかず、来店客が注文したいメニューを紙に書いて渡すようにしている。料理が出来上がったら、自分の足で取りに来てもらう。こうすることで、会話をせずにはいられないし、アイコンタクトも自然と生まれるはず、という目論見だ。

「このやりとりから生まれるのがデジタルのツルツルなコミュニケーションではなくザラザラなコミュニケーション」と池田社長。

「将来、淵野辺を出て別のところに住むことになっても、『不動産会社が食堂やってたなあ、そこが美味しかったな』『あの頃に戻りたいなあ』なんていう風に思い出してもらえたら嬉しい」と語る。

なぜ不動産会社が食堂経営?

そもそもなぜ街の不動産会社が食堂を運営しているのだろうか。

転機が訪れたのは、2014年の忘年会。社内忘年会で社員同士が楽しく笑い、食事を取りながらワイワイとコミュニケーションを取っている姿を見ていた時、「うちが食堂やればいいんだ!」と突如ひらめいた。それはまるで天から声が降りてきたかのようだった、と池田社長は振り返る。

それ以前から、1600戸の管理物件に対して同時に提供できるサービスはないか、価値を一度に高められる対応策はないかと、悩んでいた。リノベーションや設備交換だけでは限界がある。また立地や予算の問題でどうしても手が打ちにくい物件もあった。

満室運営をするには、企業努力が大切だ。しかし、この企業努力は見えづらい。

何かないか、何かないか。

そこでひらめいたのが、「うちが食堂やればいいんだ」だった。

1年後の2015年12月27日、トーコーキッチンはオープンした。オープンから2年という月日を経ていく過程で様々な変化があった。

最もわかりやすい変化は入居率だった。

95〜96%だったのが、98%までアップした。この最後の2〜3%をあげるのに長い間苦労してきた。入居が決まらない絶対的な理由があるからだ。それを、トーコーキッチンが払拭してくれた。「トーコーキッチンを利用できる」という特典が、決まらない理由を吹き飛ばしていった。

最近では、自分たちが不動産会社だということを忘れてしまうような問い合わせに遭遇する機会が増えた。

「朝食は何時からですか?」「メニューを教えてください」「食堂に一番近い物件はどこですか」など。

実際にトーコーキッチンを利用したいがために都心のマンションから引っ越してきた人や、学生寮を退去して入居してきた人もいたほどだ。

大きな変化の一つに家賃交渉がなくなったこともあげられる。トーコーキッチンを利用したいという譲れない条件があることよりに、家賃交渉はゼロになった。また周辺相場が下落していく中でも賃料が下がらない。一方で、成約率は劇的に高まったという。「もともと成約率は平均3~4割、できる営業マンが5割、私が9割といったところでしたが、トーコーキッチンという切り札は私を超えます。内見し、最後トーコーキッチンで話し合いをするとほぼ成約できます」と池田社長。社員たちがてんてこ舞いになる繁忙期も、従来に比べて労力をかけずに乗り切ることができたと、この効果を皆が実感するようになった。

オーナーサイドの変化もあったという。「トーコーキッチンの近くで売り物件でたら教えて欲しい」という問い合わせが来るようになった。現在、周辺物件で投資用不動産が出るのを13人が待っている状態だ。また、近隣の物件を購入したので管理を頼みたいという依頼もあった。さらには、「管理料を引き上げて欲しい」という声まで。こればかりは会社創業から40年間、一度もなかったことだという。

社長自ら毎日店舗へ足を運ぶ

単に健康的な食事が取れるだけでなく、待ち合わせ場所、デートをする場所、子供の留守番場所、などへと変わってきたトーコーキッチン。入居者にとっては、池田社長に就職活動の悩みや進学の相談を聞いてもらうのも楽しみの一つだ。

「飲食店を経営しているという感覚ではなく入居者のコミュニケーションの場として考えています。飲食店を経営する、という発想ならこの店単体で収益を見出さなければなりませんから」

実のところ、トーコーキッチンは食堂としては赤字だ。池田社長は、しかし、黒字化も収益化も考えていない。というのも、そこでは、様々な副産物を得ることができるからだ。

「広告宣伝効果は絶大。それに入居者の生の情報を得ることができます。これに代わるものはないと思います。私自身、毎日2〜3回はこの食堂にきています。そこで積極的に声を掛けると自然と、相談などが増えてきました。入居者情報がリアルに入ってくることが、不動産会社にとって最大のメリットだと思います」

食を通したコミュニケーション

淵野辺駅周辺には、3校の大学があり、学生の入居者が多い。朝食は100円、昼食、夕食は、500円と3食食べても1100円と学生には優しい価格設定だ。昼食は、ご飯、味噌汁、おかずがメインを含めて5品で若者も満足できるボリュームになっている。メニューは池田社長自ら考え、レシピ化。週替わりで変えており、ハンバーグ、カレー、生姜焼き、焼き魚などさまざまある。一番人気は、オムライスだという。

地元で採れる食材を近隣の商店街から仕入れて提供している。これは、来店者が「美味しいですね」と言った時「〇〇で買えるよ」といつでも美味しい食材のある場所を教えられるようにという配慮から。

 

2017年10月からはオープン当初から夢だったという相模原産の米の提供も始めた。相模原産は、量が少なく流通しておらず、米農家に直接交渉をする過程では苦労もあったそう。

「突然農家に電話したもんですから、最初は”地上げ”かと思われたみたい」

今ではすっかり米ルートも開拓済み。淵野辺周辺は、農家のオーナーも多いため、野菜などを分けてもらうこともあるという。その際は、トーコーキッチンで調理し、「〇〇マンションのオーナーさんの畑でとれたジャガイモのポテトチップスだよ」といった具合に入居者に“お裾分け”をしている。入居者の実家の農家や稼業で得た食材があれば、それを出すこともある。

これまで契約書や物件案内チラシなど、紙の上でしか存在していなかったオーナーが、食を通じて認識できるようになる。するとオーナーや物件への愛着も湧いてくるのではないか、と池田社長は考えている。

「食を通して入居者とオーナー、スタッフ、そして街がコミュニケーションを取れるようになれば本望です。不動産業はエンタメ業でもあります。こんなに人の暮らしに触れられる仕事はないんじゃないかと思います」(池田社長)

トーコーキッチンという場づくりから始まった取り組みは、これからも進化し続けるだろう。

(Hello News編集部 山口晶子)

このエントリーをはてなブックマークに追加
ページトップへ戻る