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2020.05.21

♯インタビュー♯市場・トレンド

1万人に1人の誰かのためのALS患者専用介護施設

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「あいあい」という名称で複数のデイサービスを経営する株式会社Sky

2018年の3月、27床のALS患者専用介護施設(福岡市南区日佐)のオープンを半年後に控えた株式会社Sky(福岡県福岡市)の若き経営者、佐々木一成さん(41:当時)に会った。ALS患者専用の介護施設は、地域でも前例がなく、介護従事者として20年のキャリアを持つ佐々木さんも経験したことがない分野だと語っていた。あれから1年半、佐々木さんはどうしているだろうか。2020年1月28日、久しぶりに彼のもとを訪ねた。
2018年6月14日号:現場上がりのトップだからこそ「高齢者もスタッフも楽しいケア届けたい」

ALSは、脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動ニューロン(運動神経細胞)が侵される難病で、ある日突然発症するという。症状が進めば、手や指、足の筋肉が弱り、動かすことができなくなる。呼吸も自分の力ではできず、人工呼吸器が頼りになる。原因は現時点では不明とされており、日本国内の患者数は約1万人に上るという。


株式会社SKY 代表取締役 佐々木一成さん

入居待ちがいる状態

「無事にオープンしていますよ。、今、25室が埋まっていて2室空いています。入居希望者はかなりいらっしゃるんですが、人手のところが難しくて、待っていただいている状態です」

1年半ぶりに会った佐々木さんは、今回も社長らしくない格好だった。胸に「あいあい」のロゴが入った白いトレーナーにチノパン姿。相変わらずの現場主義が服装から見て取れた。

私「確か前回の取材の時、介護スタッフは50~60人配置するといった話をされていましたね。実務経験3年以上、国家資格である介護福祉士の免許取得者、のいずれかが条件となると」

佐々木「そうです。それは変わっていません。だけど、今の状態では人手が足りんくて、今のまんま受け入れてしまうとちょっと混乱すると思うんです」

素人目には、入居者が2人くらい増えてもどうってことないのではないかと思ったがそうではないらしい。佐々木さんは、「全然違う」と断言し、「あの施設は定員の倍スタッフが要るんです。入居者お一人でも要介護状態のお年寄り4人分5人分ぐらいのイメージ。だから、2人だけと言っても8人分ぐらいになるんです」

佐々木さんがALS専用の有料老人ホームを作ろうと思い立ったのは、2年前のことだ。ALS患者の藤元憲二さんが書いた本、『閉じ込められた僕』を読んだのがきっかけだった。本には、ALS患者の人々は症状が進み人工呼吸器をつけなければならなくなった時、つけることを選択するのは3割だと書かれてあった。つまり7割の人は、人工呼吸器をつけずに死を選択しているという現実が描かれていたのだ。

「発症から先にある人生にどれほど絶望しているのか、その苦しみは私の想像を超えました」(佐々木さん)
家族による24時間介護の厳しさも考えれば考えるほど頭から離れなかった。

「この現状を変えたい」

佐々木さんは立ち上がった。

目指したのは入居者の「経営的自立」

佐々木さんがもっとも大事にしているのは、患者の「経済的独立」だ。なぜなら、死を選ぶ最大の理由が、経済的な部分がが大きいと見ているからだ。

「完全に動けなくなっても、家族の世話にならずに生きていきたいと誰しもが思う。しかし、現状では、月20万円くらいかかる施設に入るしかなく、経済的に自立しにくいのです。しかもA L Sはある日突然なる病気。貯金などの準備もできていないことが多いです」(佐々木さん)

だからこそ、経済的自立を後押しすることが何よりも大事だと考えている。

「入居者の皆さんは、障害者1級になります。そうすると月8万1177円くらいの障害基礎年金がもらえます。お子さんがいる場合ですと計算が別ですが、年収が97万4125円あるということになります。これに加えて厚生年金をかけていた方であれば、プラスされます」(佐々木さん)

障害を持つと例外なく全員もらえるのが、障害基礎年金。佐々木さんは、この金額の範囲内で生活できるということを基軸にしている。つまり、家賃、食事、サービスを、月8万円を上回らない額で提供しているのだ。

家族の世話にならなくても、経済的に誰かに依存しなくても自分の力で生きていける場を作りたいという思いが根底にある。だから佐々木さんが運営する「あいあい」は、終末期対応の施設とも一線を画す。

体脂肪率5%の施設

私「しかし、月8万円以下で、御社の経営的には大丈夫なんですか?」

佐々木「もちろん、介護報酬や訪問看護報酬もありますから。ただ、私たちは“体脂肪率5%の施設”と言って、施設のなかの無駄なものは全て削り、低コスト体質に努めています」

例えば、トイレ。スタッフにはご利用者と共用の多目的トイレを使ってもらうようにしている。壁はできるだけ少なくし、各居室は、住宅型養老老人ホームの最低限のベースの13平米。構造は、木造で、コストを抑えている。とはいえ、見た目には、純和風の旅館と間違えられることもしばしば。温泉旅館で多数の実績がある石井建築設計事務所に設計を依頼していることがその理由だ。

「トイレも洗面台もあって13平米のちっさな部屋ですよ。普通の賃貸住宅だって2〜3万円で借りられます」(佐々木さん)

私「1年半たって、一番大変だったこと、今も継続して大変なことはなんですか」

佐々木「やはり現場のオペレーションです。正直言って、最初は、昔からやっているデイサービスの延長でやれると思っていました。でも実際には全然違った。病院に近いと思う」

鳴り止まないナースコール。介護職のつもりで入ってきたナースは、患者の重篤さを知り、次々に退職していった。この頃が一番苦しかったと吐露する。解決策として考えたのが、「体験入社」だった。

日当を出し、1日だけ働いてもらって、「ここ、いいな」、そう思ったら入社してもらうようにした。給料は、介護施設にしては高いが、病院勤務よりは低い。

「今後形態を病院に近づけていくことをしないと、人材の確保っていうのは難しいんじゃないかなと考えています。ただ、介護報酬や医療報酬にも限りがあるますし。ある程度病院で働けるレベルのナースに来てもらわなきゃいけない。現場の人材確保とオぺレーション、それが大きな課題です」(佐々木さん)

スタッフ50~60人中、半分がナースだ。当然夜勤もある。

佐々木さんは、「あいあい」の位置付けを、下記の表のように考えている。

安全性は病院が高いが、自由度は低い。
自宅は自由度は高いが、安全性に不安が残る。

「自宅は、緊急対応ができないし専門家がいるわけではないから安全性は低い。『あいあい』スタッフには、病院並みの安全性と在宅並みの自由度を兼ね備えた施設を目指すんだと言っています」(佐々木さん)

私「では、介護施設によくある、朝から晩までレクリエーションがあったりとか、そういうのはあんまりないってこと?」

佐々木「ないです。27人がそれぞれ好きな活動っていうか、生活をしていただくんで、活動という感じじゃないです。生活です。ゆっくりと部屋で過ごしたいっていう人もいれば、一日中ネットをして過ごす方もいれば、基本的に一日1回ぐらいはちょっと外に出て散歩に行きたいという人もいます。副業で塾の採点のバイトをして収入を得ている方もいます」

災害時の安全確保が必須

私「施設数はこれからも増やすつもりですか」

佐々木「手探りの状態ではありますが、「良質かつ適切なサービスを通じてQOL向上」が弊社のミッションですから、ALS患者の方であってもQOL高く生活できる場所をつくるというのが目標です。できるだけ多くの方にサービスを提供したいけれど、いろいろ問題がある中で次々に増やすというのはその問題を継続したまま増やすことにもなるので、慎重になっています。ただ、できれば今年中には次のプロジェクトを始動させたいとは思っています」  

2棟目を作るにあたっても土地の選定からして容易ではない。神経性難病の患者が住む建物を作る際、もっとも重視されるのは災害時の安全確保だ。立地については、行政が作る災害マップから100年に一度の震災があっても浸水しないエリアを選定しなければならない。神経性難病の人々は自力で脱出できない。だからこそ、津波が来ず、床下浸水がない、水害に強い場所をしらみつぶしに探さねばならないのだ。

加えて敷地内には自家発電設備が必須。人工呼吸器の停止は、即「死」につながるからだ。水源は飲料可能な井戸を掘り、井戸の電気にも自家発電を敷いている。全ての電源や水が止まっても、2週間は環境を変えず、外部の支援がなくとも生活を維持できるようにしている。

「将来的には、施設を何十カ所も増やしていって、日本のALS患者の人たちが発症したときに頼れる先を作りたい。何かあったら家族にも誰にも迷惑掛けんで自分だけの責任でしっかりやっていける。そういう場を作りたい」

「あそこがあるから安心」と言われたい

最近、佐々木さんが考えていることの一つに就労支援がある。

これまで出会った入居者には、プログラミングのプロ、元警察官僚、外食チェーンで何十店舗も経営していた人など、頭脳明晰な人が多かった。ネット、パソコン、AI、IoTなど、技術改進が進む中で、体が動かなくなっても、頭脳を使った仕事が何か生み出せないかと思っている。

「こういう方たちが本当に経済的に独立して自分らしい生活を送れるようにしたい。自分らしい生活っていうのは、何か特別な活動するとかじゃないんです。俺らだって別に普段の生活で特別な活動をしているわけではないでしょう。やりたいことやって、別にごろごろしたきゃしてもいいし、何か発信したければすればいいと思うし。単純に経済的に独立して不自由なく生きていける場をまずはつくりたい。どう過ごすかは本人次第でいい」(佐々木さん)

私「何かこの1年間で忘れられないエピソードとかってあります?」

佐々木「うれしかったのが、京都からきていただいた40代の女性で、実際に気管切開をしない、つまり死を選ぶと決めていた方が、うちが受け入れてくれるなら自分は気管切開しますって決断してくれて。で、気管切開した上で『あいあい』に入居してくれて。お子さんが看護学校に通ってて、今年の3月卒業なんですけど、卒業したらこっちに引っ越してくるそうです。京都から。今そのお母さんのほうだけがうちに入居してるけど、お子さんもこっちに来て、こっちで働く。だから、本当にうちを当てにして生活のベースをつくってくれて、今後しっかり生きていこうっていう姿勢になってくれたんです。なんか偉そうに言うと、1人の命を救えたかなっていうのはあって、それは良かった」

社長らしく見えない社長、佐々木一成さん。しかし彼のもとで働くスタッフはパート勤務を含め300名を超えている。ALS患者は1万人に一人と呼ばれ、母数自体はそれほど多くない。しかし、佐々木さんはいつも「自分も含めていつ誰が発症するかはわからない。施設運営は前例もなく、ベンチマークもなく失敗もあるけれど、あそこがあるから安心と言われる場所を作るんだ」と、スタッフを鼓舞し続ける毎日だ。

新しいことを始めるときは噂もつきもので、「何か変なことをしちょる」「障害者を集めて儲けようとしとる」と言われたこともあった。最後に「あくまでも目の届く範囲で慎重に」と語ったが、「10年で30カ所ぐらい作りたい」と力強く話した。

(Hello News編集部 吉松こころ)

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