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2020.09.10

♯ルポタージュ

ビルの一室が「モスク」になったらとっても喜ばれた

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全国各地で色々な空室対策を取材してきたが、この活用法にはびっくり仰天だった。

「モスクとして貸す」という覚悟を持てるか

モスクとは、イスラム教徒がお祈りをする場だ。イスラム教徒は1日5回、聖地メッカの方向に向かってお祈りをすると聞く。モスクと聞いて日本人に馴染みがあるとしたら、「世界一美しいモスク」として知られるトルコのスルタンアフメット・ジャーミィ、通称「ブルーモスク」だろうか。世界遺産にも登録され、観光ガイドブックにもちょくちょく登場する。私も2013年に公益財団法人日本賃貸住宅管理協会主催のトルコ研修で見学する機会を得たが、イスラム教と礼拝を行う神聖な場に敬意を示すという意味から、女性は髪の毛や肌を全て隠すよう言われ、頭からスカーフを巻いて入ったのを覚えている。

そんなモスクは外国にあるもの、とばかり思っていたが、日本にも大小60を超えるモスクがあるそうだ。日本最大級は、新宿区代々木上原にある「東京ジャーミイ」。身近なところでは、2017年にJR東日本が東京駅構内に開設している。


聖地メッカの方向へ向かって行うお祈り。室内はシンプル。特別な設備は特にない

確かに、日本にも多くのイスラム教徒の人々が居住しているわけで、彼、彼女たちからすれば、住む場所を探すのと同じくらい、またはそれ以上に祈りを捧げる場所を見つけるのは大事なことのようだ。

今回ご紹介するのは、ビルの一室をモスクとして貸し出している、山﨑親一さん、52歳。

JR山手線、秋葉原駅と神田駅のちょうど真ん中に位置する神田須田町に、山﨑家のファミリー企業が所有する築47年のビル「山梅ビル」は建つ。その5階の70平米がモスクだ。


お祈りの順番を待つ人々(写真提供:山﨑親一さん)

ビルの下で様子を伺うと、ひっきりなしに一目ではどこの国の人かわからない人々がやってくる。

3人組の若い男性に、「どこの出身ですか」と声をかけた。返事は「ウズベキスタン」。3人とも中央アジアに位置するウズベキスタン共和国(首都:タシュケント)の出身だという。アジアというより、ヨーロッパ系の顔つき。上背があって、ホリが深く肌は白い。

自転車の荷台には、ウーバーイーツの黒いバックが乗っている。山﨑さん曰く、「ウーバーイーツは、お祈りの時間に合わせて仕事ができるから彼らにとっては都合がいい仕事」なのだそう。

自転車は3人ともパナソニックの新車で、電動自転車だった。ゆうに10万円前後はするから、「実家はきっとお金持ちだと思うよ」と山﨑さんが言った。

「いろんな国籍の人がいて、インドネシア、エチオピア、キルギス、マレーシア、ヨルダンなど様々。立場も研修生や留学生などいろいろだけど、留学生の場合は多くが実家がお金持ちだったり会社経営をしていたりします」

お祈りありきの暮らし

イスラム教徒の人々にとって、お祈りは生活の一部だ。Googleで「モスク」を検索し出てきたところに行くわけだが、山﨑さんが約1年前にモスクを始める前は、歌舞伎町にある小さなモスクに通っていたと答える人が多かった。

モスクはお祈りをする以外に、教典のコーランに書かれていることを学んだり、アラビア語を勉強する場にもなっており、イスラム教徒にとって拠り所のような場所。とりわけ海外で生活している人たちにとっては、同じ宗教を信じる人が集まる場所以上の意味を持つ。それは異国で暮らす寂しさや心細さを分かち合ったり、生活の知恵を共有しあったり、人的な繋がりを広げる場でもあったりするのだ。


男女で入り口が分かれている


お祈り前に足を洗う洗い場。足を上げやすいよう低い設計になっている

収益性を聞くと、これまた驚いた。家賃は相場より少し高め。それに1年間一括前払いで入金されたという。祈りの場を確保したいという気持ちの強さの現れだろう。

契約者は、インドネシア人のアナールさん。同じビルの中に事務所を構え、海外にお金を送金する会社を経営する。そのアナールさんが一括で借り上げ、モスクとして運営しているのだ。


お正月には一日400人がやってきた(写真提供:山﨑親一さん)

実際のところ山梅ビルは、外観はまるで昭和、トイレは男女共同で、OAフロアでもない。このため、日本の企業は敬遠しがちなタイプといえる。しかし、日本での物件を借りるのが困難な外国人に直接貸したことでとても喜ばれる結果となった。

安定した収益が見込まれ、リノベーションコストも低いうえこうしたニーズがあるならば、新しいビルの空室活用として人気が出そうだが、オーナー側のやることは多い。

山﨑さんの家は曽祖父の代から110年近くにわたり、このあたりに住んできた。周囲の人々が、ひっきりなしに外国人がやってくることをどう思っているのかは、正直なところわからない。だからこそテナントであるアナ―ルさんとは日頃から入念なコミュニケーションを取り、資金状況などを確認する。そうして互いに信頼関係を築く。そうすることで、オーナーとしても近隣に説明に行ったり、時には頭を下げることもできるのだろう。毎週金曜日の集団礼拝やお正月などの時期には多くの礼拝者が訪れるため、道路を占拠してしまわないようオーナー自ら整列を呼びかけたりもしているという。

「外国人だからマナーが悪いということは決してありません。ただ常識が違うから、日本人がしないことをすることもある。例えば道路に座ってしまたりとか。そういうことをわかった上でこちらも理解しながら相手にも日本のルールをわかってもらう努力が必要」(山﨑さん)

100年以上に渡り神田に根づいてきたビルオーナーだからこそ、そして外国人や異文化、異なる宗教を受け入れるという覚悟があるからこそできる事業かもしれない。

(Hello News編集部 吉松こころ)

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