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2021.04.22

♯ボロビル再生

【第9回】東京・池袋のボロビル再生請負人

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後編「商業ビル新築体験記」

<前編のおさらい>
不動産業界入社2年目の私、ボロビル再生人は、今から15年前、秋葉原駅前の新築商業ビルのプロジェクトメンバーに選ばれ、ビルの用途を決めるマーケティング調査や設計・施工会社の選定、EVやサインなどの仕様決定を行うなど、あわただしい日々を過ごしていた。商業不動産の専門家に相談しながらプロジェクトを推進するにつれ、これまで思い込んでいた理想とのギャップに悩み、苦労しながら、あっという間に2年が過ぎ去っていた。

【筆者プロフィール】

山田武男
1980年横浜生まれ。茨城のニュータウン育ち。東京農業大学造園科学科卒。2004年に不動産業界に就職して以来、数社の不動産事業に従事。店舗、オフィス、ホテル等の事業用不動産を中心に、数十件の築古ビルを再生、運営に関わっている。築古ビルの空室に若手アーティストの展示場所として活用するイベントを18回開催するなど、ビル再生、地域への関与を模索し続けている。2019年4月、不動産会社(株)オリエンタル・サン設立に参画し、現在取締役。

7.飲食店は和食がお好き

新築工事の現場では、解体、地下躯体が順調に進み、いよいよテナントの選定にとりかかることになった。飲食店という用途だけは決まっているものの、どんなテナントミックス(※)にするのかを決めなければならない。
(※)集客効果を最大限に発揮するための、最適なテナント(業種業態)の組み合わせのこと

会社からの命題は、「全店同時オープン」。地下1階/地上10階建てのビルで、12のテナントを埋める必要があったが、幸いなことに、ターミナル駅出口の目の前の人気物件だけに、業態は貸主側で選べる余裕があった。

そこで、どんな業態が入居したら嬉しいか、社内の女子社員にアンケートを取った。

<アンケートの結果概要>
①1Fはカフェが良い。待ち合わせに使えるような業態。
②2Fはイタリアンやファミレス。
③高層階には高級フレンチなどが良い。

この結果をもとに、いつも相談する商業専門の仲介業者さんに相談してみると、「カフェはお酒が売れないから賃料が出ません。客が長居するわりに単価が低い。1階はラーメン店などの高回転業種が良いでしょう」と言われ、案の定怒られてしまった。

ここで理想と現実のギャップに気づかされる。

その方曰く、粉もの(麺等)は原価率が低いため、利益率が高いうえ、1日3回転以上のお店もあるそうだ。

また、「パスタなどはワンプレートでお腹が満たされてしまい、酒があまり進まないので、同じく低単価の賃料しか出せない」と教えてくれた。

では、飲食店で理想のテナントの業態は何なのかというと、答えは「和食」だという。

懐石料理に代表されるように、和食は少量かつ多品種をゆっくり食べるお客さんが多く、すると日本酒など高いお酒が飲みたくなってしまうとのこと。これが理想的なのだそうだ。


和食は客単価が高い(写真はランチの定食メニュー)

実際に募集してみると、応募の7割方が和食業態だった。中でも、高級寿司店が募集に乗ってくれたのは印象的だった。

こうしたアドバイスのもと、完成したテナントミックスは以下の通り。

10階 サービス業
3階~9階 和食、寿司、お好み焼き、イタリアン、居酒屋等
2階

ダイニングバー(ランチ時はファミレス利用可能な業態)

1階 コンビニ
地下1階 バー

理想的なテナントミックスとなり、一安心した。

8.次々に変化する業態

テナントミックスが完成したら、次は応募してくれた各テナントから詳しい業態のプレゼンを受けることになった。すると早速、問題が勃発。

ある空中階の洋食業態のテナントに向かったところ、その場でいただいたプレゼント資料はなぜか和食になっていた。「洋食のお店ではなかったでしたっけ??」と私が聞くと、担当者は「今は、和食が流行ると思うんですよねー。こういう料理が今、注目されていまして!」と言い、自分のペースで話しを始めてしまった。もちろん、私は唖然としつつも、とりあえず業態説明をニコニコしながら聞いていた。

その帰り道、上司が「提案業態が全然違うし、お前もニコニコしながら聞いてんじゃねーよ!!」と、上司に地下鉄の駅で激怒されたのは苦い思い出だ。

他のテナントについても、大なり小なりメニューの変更はあった。中にはワンフロアで2業態(店舗)にしたテナントもいた。120坪もある大型店を埋めるのはなかなか大変で、その時期ごとの流行りもあるため、都度業態を開発したりと、テナントも苦労しているのだ。

ちなみに、1階のコンビニには、「普通の店舗ではなく、凝った内装にできないか」と相談したことがあった。オシャレな文具を置くなど、特別な業態のコンビニがあるのを知っていたので、それを希望したところ、担当者に「見栄えはいいのですが、高単価商品は売りづらく、客単価は落ちます。この賃料では無理です」と言われた。結局、商品構成は標準のままで、内装材だけ少し高級路線にしていただく、というハイブリッドな形に落ち着いた。


コンビニの業態変更は難しい

9.混乱を極める内装監理

ビルの躯体は完成し、いよいよ内装工事に着工する。

大型のビルでは、ビル側工事とテナント工事の調整を行う、「内装監理」(通称、内監)という担当者がいる。工事について中立の立場で、ゼネコンやオーナーとテナントの調整を行うのだ。

例えば、12テナントが同時に工事をするために、エレベーターの使用時間の調整や、サイン工事の調整などの作業を行う。

内装屋さんは開業に間に合わせるために必死で、ハードなクレームを言ってきたり、テナントの看板を少しでも有利な位置につけたいと言い出したり、非常にストレスを受ける仕事である。そんな中、前述した業態変更したテナントはここでも暴れまわり、内監の静止を無視して工事したり、店のオーナーの無理な要望に途中で内装責任者が辞めてしまったりするなど、大混乱に陥った。ちなみに、辞めた内装責任者は、後日、別フロアのテナントに転職し、ビル開業まで関わったのは、思い出深い、笑い話だ。


内装工事は開業日に向けて急ピッチで進む

10.館主導の広告は必要か?

竣工が見えてきて、オープニングに向けてPRを検討していく時期になった。

会社として大型の新築商業ビルのオープンは初めてだったので、新築プロジェクトチームだけではなく、広報部も巻き込んでチームが組まれた。

複数の広告代理店のコンペから選ばれたのは、ビルをゆるキャラにして、そのキャラクターが「秋葉原の街に現れた!」というコンセプトの企画。女性ウケするなかなか良い仕掛けと考えた。

着ぐるみや携帯ストラップ、館内パンフレットがデザインされ、1000万円以上の広告予算が組まれた。開業PRなのだから、テナントには当然に負担してもらうという考えで広告説明会が開かれたが、その説明会は地獄と化した。

各社数十万から100万円を超す負担額に対し、20代だった私は手練れの飲食経営者の集中砲火を浴びることになった。

「素人の考えた広告なんて効果がない」、「自社でやるからいらない」、ごもっともな意見が並ぶが、説得を重ね、なんとか負担額について納得していただいた。

開業後に行ったプロモーションでは、当時、流行り始めたブログを複数のブロガーさんに書いてもらったり、配布した携帯ストラップが近隣のOLさんに話題になったりと、大成功だった。個人的には、1店舗でやるPRよりも12店舗が束になって行うプロモーションの方が、効果は大きいと思っている。

11.良い商業ビルとはなにか?

こうして4年がかりでビルは竣工し、目標だった全店同時オープンを達成した。

前編で書いたように、エレベーターは大行列となり、それがまた集客効果を生むなど、思いもよらない効果もあった。開業3日目あたりまでは、いつ行っても会社の同僚がどこかしらのテナントで飲んでいて、毎晩各店舗に入り浸ってお酒を飲み歩いたのは良い思い出だ。

しかし、その後に起きたリーマンショックによって、そのビルはあえなく売却することになってしまった。チームで社長賞をいただいたビルだったが、時代の波には逆らえなかった。

不景気下でも驚愕の価格で売れたのは、せめてもの救いであった。その後、私自身も会社を去ることとなり、これが最初で最後の大型新築プロジェクトの経験となった。

良い商業ビルは、人が集う。

各店舗が努力をし、集客することも大事だが、これまで書いたように、入りやすい入口や看板、装飾、階段やエレベーターなどの移動手段、ビルのテーマに沿ったテナントミックスや話題性のあるPRなど、科学的に人が集う方法を創造する。

当時の経験は、ボロビル再生人となった今でも活きており、この経験をもとに私は、日々新たな再生に取り組んでいる。

(ボロビル再生請負人 山田武男)

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