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COLUMN

コラム

2018.07.12

♯インタビュー

お詫び行脚を乗り越え、目指すはホテル業界のインフラだ

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ホテル業界の“なんでも屋”

ホテルや旅館向けにVOD(ビデオオンデマンド)などの映像配信、インターネットやWi-Fiの提供、歯ブラシやスリッパなどのアメニティ、インテリアやレストラン用の食器の販売など多様な商品・サービスを提供する、株式会社メディアウェイブは、ホテル業界の“なんでも屋”である。代表を務めるのは41歳の上田雅史さんで、平均年齢30代前半の従業員30名が全国津々浦々のホテル・旅館を駆け回っている。

上田さんの夢は、メディアウェイブをホテル業界のインフラに育て上げることだ。その理由とこれまでの経緯を聞いた。

辛酸をなめた金融業界時代

ホテル専門商社のような出で立ちの同社だけに、上田社長自身、生粋のホテル業界育ちと思ったら、そうでもないらしい。

会社設立のきっかけは、上田さんが同志社大学経済学部卒業後に就職した、事業用ローンを扱う株式会社商工ファンド(2002年に株式会社SFCGへと名称変更)時代までさかのぼる。

就職活動真っ只中のある日、「2010年までに102社を作る。102社の社長になりたい人はこの会社に来なさい」という、商工ファンド、大島健伸社長(当時)のメッセージに面白さを感じ、入社を決めた。その頃から「将来は社長になりたい」と漠然と考えていた。しかし、入社した1999年は事業者金融会社による過剰な貸し付けと、過酷な取り立て行為がメディアで散々取り上げられ、社会問題化していた時代。入社後すぐ、社長が証人喚問で国会に呼ばれるという事態になり、「自分が社長になる前に、会社が潰れてしまうんじゃないか」と心配しつつも、予想を超えた展開に思わず笑ってしまったほどだった。上田青年の社会人1年目は、そんなハラハラの日々で始まった。

上田さんが所属した営業部は、月100時間以上の残業なんて当たり前で、罵声や暴言も日常的に飛び交う現場だった。精神的に追い込まれてしまった同期も大勢いた。完全にブラックな環境だった。親にも親戚にもせっかく大学を卒業したのに、こんな会社に入るなんてと怒られた。800人いた同期は1年経たずに100人にまで減ったが、上田さんはこの仕事を続けていればいつか社長になれると考え、辞めなかった。

9年目に差しかかった頃、このままいても社長になれないのではないかと疑問が胸をよぎり始めた。そこで上田さんは、“社長になる”という想いを実現しようと動くことにした。直接、同社会長に「このまま続けていても社長になれないのであれば会社を辞めたい。MBAの資格を取ってビジネスをやりたい」と話したのだ。すると、返ってきた答えは「それなら自分で会社をやればいい。会社をひとつ任せるから、2年で業界トップになれ」だった。

不動産業界に足を踏み入れる

グループ内のベンチャー企業に、賃貸住宅に入居する人が家賃を滞納した場合、その分の家賃を入居者に代わって支払い、後日、入居者から回収するという会社があった。その会社で上田さんは社長の座を獲得した。

右も左もわからず、いきなり不動産業界に足を踏み入れたわけだが、家賃保証会社を経営する過程で様々な不動産会社と接し、感じたことが2つあった。

1つは「賃貸管理というビジネスは、毎月管理手数料という安定収入が入ってくる魅力的な事業だ」ということ。具体的には「直接、物件を持つわけではないから、リスクは最小限。家賃滞納されても家賃保証会社がいるので、リスクを自分たちで負うことはない」という点だ。

もう1つは、「普通ではない仕組みがまかり通っている」ことだった。例えば、金融の世界では、貸金業の遵守が絶対で、滞納金の回収にはすさまじい労力と気遣いを必要とした。しかし不動産業界では、滞納者の部屋に不動産会社が勝手に入って荷物を取り出したり、玄関ドアの鍵を変えて部屋に入れなくすることもあった。もちろん、あってはならない行為なのだが、この時代ではなんとなく黙認されていたのだ。

上田さんはこの仕事を3年続けた。そして、辞めた。理由は荒っぽい家賃の回収や督促への疑問がぬぐい切れなくなっていたからだ。そこで、家賃保証会社を経営していた自分なら、家賃滞納による建物の明け渡し業務を正すことができるのではないかと考えた。

当時、弁護士に依頼し、正式な手続きを踏んで部屋の明け渡しを行うと、ひと部屋あたり90万円ほどかかったという。そのため、弁護士に頼らず、自分たちで明け渡しを行う会社が増えてしまった。そこで、もっと費用を抑えることができれば、弁護士に依頼する会社が増え、督促も正常化するだろうと考えた。

まずは過去の仕事で知り合った弁護士と組み、どうすれば弁護士に支払う費用を抑えられるかを協議した。結論は、案件数を集めてまとめて依頼をすれば、個別に対応する手間が省け、コストカットできるということだった。そこで早速、知り合いの家賃保証会社へ連絡し、明け渡し案件を集めることにした。

弁護士側も、まとめて仕事がくるならやりやすい、ということで提携弁護士も増えていった。結果、明け渡し費用は4分の1から5分の1まで安くなっていった。

当時を振り返りながら上田さんは「この時、クリーンな仕事をやっていたから、人との出会いが増えた」と語る。事実、この活動によって知り合った弁護士からの紹介で、メディアウェイブを立ち上げることになったのである。

お詫び行脚に明け暮れた創業期

メディアウェイブは2012年、「ホテルや旅館に映像配信を行っていた会社の民事再生をやりませんか?」という弁護士の声に、上田さんが首を縦に振ったことで生まれた会社だ。当時、ホテル業界には何の興味もなかった。引き受けた理由は、その会社が既存顧客として600施設のホテル・旅館が名を連ねていたからだ。しかもその顧客とは5~6年の契約が結ばれていた。買収資金を募り、上田さんはこの企業を買収、メディアウェイブの社長となった。

ところが、現実は甘くはなかった。顧客は怒っていたのだ。理由は、前の会社が映像にトラブルがあり、テレビが映らなくなっても修理などの対応をすることはなく、クレームを放置していたからである。そのため、上田さんはまず初めに、お詫びすることからスタートした。しかし、会って早々、机を叩かれ、怒鳴られ、資料の紙を破られる…。この関係が1年半も続いたという。これに耐え抜けたのは、商工ファンド時代の経験があったから。並大抵の人では耐えられないほどのストレスも「あの頃に比べれば…」と乗り切った。

どんなに嫌味を言われても、罵声を浴びても、上田さんは謝罪を続け、誠意を見せ続けた。映像配信にトラブルが起き、クレームが入れば、1時間以内に対応し、3日以内に解決してみせた。すると、徐々に応援してくれるホテルが増えていったというのだ。

これからのメディアウェイブは

上田さんはお詫び行脚をしながらも、顧客への対応を一番に考えたことで、「あんただったら任せられる。これからは応援するよ」と認められていったという。

この経験から、会社の企業理念を「ホテルで働く方々に期待以上の『喜び』と『感動』を!」とし、社員には「誰の顔を見て仕事をするのか。私たちはホテルで働いている人の顔をみて仕事をしよう」と話した。これこそが仕事のやりがいだと上田さんは言う。

また、将来の目標をこう語った。「メディアウェイブと仕事をしたことがあるホテル、旅館の数は2,000施設を越えていると思います。将来的には毎月、6,000施設と仕事がしたいです」

“6,000”という数字の理由はこうだ。現在国内のホテルと旅館の数を合わせると、およそ6万施設だと言われる。この10%に相当する6,000施設と毎月仕事ができるようになれば、業界のインフラになったと言えるからだ。

思いもよらなかった縁から入ったホテル業界だが、今ではインフラを担いたいと考えるほど、上田さんはホテル業界の今後について考えている。

「最近は、“AI”や“IoT”といった技術が世の中に溢れています。こうした便利なものを使って、ホテルで働く方々の生産性を高め、社会的にも評価されていることをもっと感じられるような仕組み、サービスを作りたいです」

金融業界、不動産業界と歩んできた上田さんは、最終的にホテル業界を選んだ。そして、この業界のインフラになるという夢に燃えている。応援してくれている顧客に恩返しをするため、「ホテルで働く人が喜ばないことは基本的にやらない」と力強く語る上田さんの声に、これからのホテル業界を支えていくという覚悟を感じた。

(Hello News編集部 鈴木規文)

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