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2020.02.27

♯インタビュー

現役真っ只中!生産緑地農家の跡取り息子に聞いた!「これからどうするの?!」

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江戸時代から8代続く生産緑地農家

「泥だらけの恰好でごめんね。今、GAP認証(※)の取得に向けて、機材の整備や畑の掃除に追われていて、ちょうど忙しい時期だったんだ」
※食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取り組みのこと。2020年の東京オリンピック・パラリンピックにおける食材調達基準とされた

額の汗をぬぐいながら笑顔で話しかけてきたのは、江戸時代から8代続く農家の跡取り息子、中原雅史(37)さんだ。


畑ごとに、地元の名産品「小松菜」と「亀戸大根」を生産している

10年ほど前、勤めていた地元の信用金庫を退職し、父が営む農家の手伝いをすることに決めた。現在、東京都江戸川区に一家が所有する生産緑地農家を、70代の父とともに耕作している。生産しているのは小松菜や大根で、JAや飲食店に卸して生計を立てているという。

中原さんと筆者は大学時代の友人で、卒業後も定期的に合って酒を酌み交わす仲である。以前、当サイト内で掲載した生産緑地の記事(※)を編集していた時、中原さんの家が農家だったことを思い出し、気軽な気持ちで連絡を取ったことがあった。

生産緑地農家なのかを問うと、あっさりと「そうだよ」のひと言。私自身、生産緑地について少なからず勉強していたこともあり、その後も様々な質問を投げかけると、彼は現役の生産緑地農家の跡取りとして抱える現状と問題点について、続けざまに教えてくれた。そこで今回、中原さんに取材を申し込み、詳しい現状を聞くに至ったのだ。
※2019年5月30日号「『2022年問題』を考える。生産緑地農家が直面する3つの選択肢

 
敷地内に「生産緑地」を示す看板が立っている

ハードル高い今後10年間の営農義務

1992年に始まった「生産緑地制度」によって、都市部を中心として全国に1万3653ヘクタール、東京ドーム2875個分とも言われる生産緑地が誕生した。意外かもしれないが、東京都だけでも約3300ヘクタールの生産緑地、つまり農地がある。

生産緑地農家は、固定資産税などの税率引き下げや相続税の納税猶予を適用する代わりに、国によって30年間の営農を義務付けられている。2022年に営農義務の期限を迎えることになるが、するとどうなるか。以下①~③の中から1つ選択しなければならなくなる。
①10年間の営農義務を受け、農家を継続する
②生産緑地を解除し、宅地として運用する
③生産緑地を解除し、民間に土地を売却する

今回、話を聞いた中原さんは、上記①を選ぶ予定だ。理由は、自身がまだ37歳と若く、父の跡を継いで(または手伝うことで)、今後10年間の営農義務を守れる自信があるということ。また、こういった気持ちが強い。

「うちは江戸時代から農業を営んでいるからね。自分の代で農家を辞めようなどと考えることはできなかったよ。信用金庫を退職してまで、こうして農家の仕事をしているんだから、生涯農家一筋でやっていくんだという覚悟はできています」


中原家の収穫サイクルは2~3カ月に一度。年に3~4回の種まきがある

一方で、中原さんのJA仲間には、農家を続けたくても続けられないという人も実際にいるという。そうした人のほとんどは結婚のタイミングを逃し、年齢を重ね自身に後継者がいない状況だという。10年後の2032年まで体力を維持し、農家を続けていくには多少の不安があることが理由だった。

「世間では晩婚化や未婚化、それによる少子化が問題になっているけれど、その影響は生産緑地農家にとってとても深刻な問題です。畑仕事は体力勝負だし、1人ではなかなか難しい。それに、生産緑地に指定されるには最低でも500㎡の畑が必要で、かつ、営農が条件となると、畑ひとつで生計を立てるのは無理だと思うんです。最低でも500㎡以上の畑を3つ、4つは持っているはずです。そんな土地を1人、もしくは夫婦で営んでいたら、あと10年も続けられるかなと不安に考えるのは普通の心情だと思う。私は3年前に結婚し、妻とともに農作業しています。また、両親も健在だから今後も農業を続けていける自信があるけれど…」(中原さん)

毎日のようにやってくる不動産営業マン


江戸自体に建てられた小屋。農機が格納されている

進むべき道を心に決めている中原さんは今、生産緑地の延長申請に向けて書類を書いているところだ。しかし面倒なこともあるという。例えば、毎日のようにやってくる不動産営業マンの存在だ。CMでよく見かける大手ハウスメーカーが多いが、もっとも多いのはD建託だと話す。

彼らは「アパート経営を始めませんか?話だけでも聞いてくれませんか?」と唐突に家を訪ねて来るらしい。農家には作物の収穫によって忙しい時期もあるが、彼らはおかまいなしだ。話しかけられるたびに作業を止めなくてはならない。また、家のポストに「賃貸経営セミナー開催のお知らせ」というチラシだけを投函していく営業マンもいるそうだ。こうした営業マンの不躾な態度に対して嫌な気持ちになることも多いが、中原さんは毎回丁重にお断りをしている。

「営業にくるなら少しは農家について勉強してきてほしい。生産緑地の2022年問題についても全く知らない様子です。例えば2022年を前に、こちらが抱える不安な気持ちを汲んで話をしてくれるなら、今後のことについて少しは相談する気持ちにもなるのになぁと思います」(中原さん)

実際、建設業界では「ローラー営業」といって、地図を広げ1軒1軒回りながら質よりも量の「数打ちゃ当たる」戦法で勝負する営業会社が多い。これにより売り上げを伸ばしてきたメーカーは多いが、農家相手にこの手法は通じないのではないだろうか。

中原さんの話にあるように、農家によって育てている作物が異なるため、忙しい時期が違う。また、後継者など抱える問題も人それぞれだ。こういったことに目を向けずに、テンプレート化した営業トークを行うだけでは、上記選択肢の②や③を選ぼうと考えている農家の共感を得られるとは到底考えられない。


住宅街のなかに突如として現れる生産緑地は都心ならではの光景だ

農家の情報源は何か?

では、どういうところで生産緑地についての情報を得ているのかと聞くと、区が行うセミナーだと教えてくれた。

「区はこちらの立場で話を聞いてくれるし、利害関係も発生しないから、安心できるというのが一番の理由。2022年からは生産緑地であっても敷地内で商売ができるようになるので、土地活用などについて勉強しています」と話す。


江戸川区が主催する生産緑地説明会の資料

生産緑地の適用期限を迎えると、生産緑地農家が一斉にその土地を民間に手放してしまい、土地の過剰供給により地価が暴落するかもしれないとも言われている。しかし中原さんは、「私の周りでは、10人に1人くらいしか生産緑地を辞めると考えている人はいない」と言った。続けて「農家をやっている人はプライドの高い人が多いと思います。だから30年もの間、雨風に耐え、土日も関係なく、『一度決めたことだから』、『両親が守ってきたものだから』と農家を続けていられます。私も含め、そんな人たちは不動産営業マンからのプレッシャーには負けません。とはいっても日々の生活も大事です。いつ農業で食べていけなくなるか分からないことを考えると、今のうちから情報だけはしっかりと持っておかなければいけないとは考えています」と話す。

適用期限の2022年まで残り2年。そろそろ生産緑地の延長申請が始まろうとしている。それぞれ異なる事情を抱える生産緑地農家は、2022年に一体どのような選択をするのだろうか。中原さんの話を通じ、今後も生産緑地農家の未来について考えていきたいと考えた。

(Hello News編集部 鈴木規文)

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